大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和32年(ヨ)230号 判決

申請人 竹内高夫

被申請人 野上電気鉄道労働組合

被申請人 野上電気鉄道株式会社

主文

被申請人組合は、除名無効確認の本案判決確定に至るまで仮に申請人が被申請人組合の組合員であることを認め、その組合員としての地位にもとずく権利の行使及び義務の履行を妨害してはならない。

被申請人会社は、昭和三十二年七月三十日以降解雇無効確認の判決確定に至るまで仮に申請人を解雇前の状態に復し、従業員として就労させ給与その他の待遇を与えなければならない。

申請費用は被申請人等の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、つぎのとおり陳述した。

一、申請人は、被申請人会社(以下単に会社という。)の従業員として同会社運輸部に所属し、日方駅助役として勤務し、右会社と高野登山自動車株式会社の従業員とをもつて組織する労働組合である被申請人組合(以下単に組合という。)の組合員であつた。

二、組合は昭和三十二年七月十九日組合委員会において、申請人が組合の統制を乱したものであるとして組合規約第四十九条に基き、申請人を組合から除名することを決議し、同日その旨を申請人に通告して来た。そこで、申請人は右除名は不当であるとして同規約第五十条に基き組合大会に再審議を要求したが、同月二十六日組合大会の結果申請人の異議はいれられず前記委員会の除名が確定するに至つた。

一方会社は組合からの右除名の通告により、会社と組合との間に結ばれた労働協約第四条のいわゆるユニオン・ショップ条項に基き申請人が組合から除名されたことを理由として、同年七月三十日附辞令をもつて申請人を解雇する意思表示をなし、右は同年八月二日申請人に到達した。

三、しかし、右除名は次の理由により無効である。

(一)  組合規約第四十九条によれば「組合員が規約決議に違反し組合員の統制を乱し、若しくは組合員としての体面を汚したときは別に定める査問委員会の審議を経て委員会の決議によつて除名その他の処分をすることが出来る」と規定され、組合選挙規程第二十二条第一項には「査問委員の選挙は委員執行委員を除き全部門を一選挙区として五名の連記投票により大会で行う」旨規定されている。したがつて組合が組合員を除名その他の処分に付する場合には先づ査問委員会において審議をし、その審査を経て後はじめて委員会は除名等の決議をなしうるものであつて、査問委員会の審議を経ずになした除名決議は無効というべきところ、組合が申請人を除名するについては前記のような査問委員会の審議を経ていないから組合委員会のした本件除名決議は手続に違反する無効のものである。

(二)  仮に、除名手続に違反がないとしても、つぎに述べるとおり組合は除名に価しない事由を除名原因として除名したものであるから同除名決議は無効である。

すなわち

(イ) 従来より組合には組合大会の決議により、組合役員が組合業務のため会社を欠勤する場合は、他の組合員の中非番者がこれに交替する。ただし交替者の指名は執行委員長において廃休(会社従業員の中満十八才以上の者の勤務形態は午前八時から翌日の午前八時まで勤務し、翌日午前八時から翌々日午前八時まで非番と称して休日とする隔日交替勤務制になつているが、非番日に就業することを廃休という。)と交替との回数を公平に勘案してこれをなし、被指名者が若し差支えのある場合には、その者の責任において自分の代りを定めて交替させる旨の申合せがなされていた。

同年七月十九日海南生活互助会においてクーポン理事会が開催されることになり、組合執行委員で厚生部長である小原健次が右互助会の理事として出席することになつたのでその交替者を指名する必要にせまられたが、執行委員長が不在であつたため執行委員上西一夫が委員長に代り同月十八日正午頃組合員金田俊夫に交替すべく交渉したが、同人から私用のため交替出来ないとして拒絶されたので、右上西は同日申請人に対し電話でもつて交替してほしい旨申込んで来た。

申請人としては、交替は廃休に比較して低額の給与しか支給されないので、その指名は公平にすべきであり、組合において前記の如き申合せが出来ていた関係上右金田が直接申請人に個人的に交渉するのならば格別、組合が同人の私用を認め前記の申合せ条項に違反して申請人に交替させることは従来からの慣行に反すると考えたので、「金田にやらしたらどうか、若し絶対に差支えあるのであれば上西や玉置嘉明も明十九日は非番ではないか、又組合役員でも従来交替して来たところであるから役員において交替してやればよい」旨返答した。

その結果、前記小原は交替者を得ることができず年次休暇を取つてクーポン理事会に出席することになつていたところ、どういう事情か結局前記金田が交替することになつた。

けれども翌十九日になつて執行委員上西一夫、同小原健次両名から前記小原の交替につき不手際であつたことについての引責及び前記理事会に出席するのに年次休暇をとつてまで出席しなければならないのであれば執行委員を辞任せざるを得ないということを理由として執行委員辞任の申出がなされたので、これを附議するため、同日夜組合事務所において組合委員会が開かれたところ、同委員会はこのような事態を惹起したのは申請人の前記交替拒否が原因であつてその責任は申請人にあり、申請人の行為は組合規約第四十九条にいう組合の統制を乱したものに当るとして、審議が申請人の懲罰問題におよび査問委員会の審議にも付することなく一挙に申請人を除名するに至つたのである。

(ロ) しかし、右除名の原因は前記のように役員の交替に関する些細な紛争に由来するものであり、申請人としては単に役員の交替につきその運用が円滑に行われるよう希望意見を述べたに過ぎないのであつて組合の統制を乱したものではない。

由来、労働者は一定の使用者に対し労働力を提供しその対価として所定の賃金を得て生活を維持しているものであつて、労働こそ唯一の生活手段であるから、その労働者たる地位は最も尊重せらるべきものであるところ、会社と組合との間にユニオン・ショップ協定が結ばれている場合には組合の除名は即解雇を結果し直ちに被除名者の生存を脅かすことになる。したがつて組合が除名権を行使するには極めて慎重でなければならず、公正な社会意識によつて判断した結果組合の運営を著しく阻害し、その存立を危うくする程度の事由がなければならない。しかるに本件においてはこのような事由が存在しない。

四、右のように組合がした除名は無効であるからこれに基いて同年八月二日会社のなした申請人に対する前記解雇も当然無効である。

五、よつて申請人は組合に対し除名無効確認の訴を、会社に対しては解雇無効確認の訴を各提起しようと準備中であるところ、申請人は会社の従業員として会社から受ける賃金を唯一の生活資金とするものであつて、他に財産および収入もなく、妻および子供三人計五人がこれのみによつて生活しているものであるから右解雇によつて申請人等はその経済的基礎を失い、忽ち路頭に迷わなければならない状態にある。したがつて右本案判決の確決をまつていたのでは回復することの出来ない損害をこうむること明白であるから、組合に対して組合員としての地位保全を会社に対しては従業員としての地位保全のための仮処分を求める。

第二、被申請人等は申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とするとの判決を求め、答弁としてつぎのとおり陳述した。

一、組合の答弁

(一)  申請人の申請理由のうち一、二項の事実は認める。

(二)  同三項の(一)の査問委員会を開いていないことは認める。しかし申請人が執行委員長就任中においても、数回組合員を処罰しながら査問委員会を開いた事例がないし、また査問委員会は本来諮問機関であつて決議機関ではないから、敢てこれを開かなかつたとしてそれを不当とする理由はない。仮に査問委員会を開かなかつたことが手続に違背するものとしても、組合大会は組合最高の決議機関であつて、本件の場合、組合大会の再審議の際に査問委員会が開かれていないことについて質疑があつたがそれに対する理事者の答弁を大会が了承し結局申請人の異議を認めなかつたものであるから手続のかしは治ゆされたものである。

(三)  同項(二)の点は以下組合の主張と反する部分を除き認める。すなわち、(イ)組合役員の交替に関する申合せは組合大会の決議によるものではなく運輸部に属する組合員等の申合せによるものである。(ロ)執行委員上西が同小原のクーポン理事会出席のため交替として申請人を指名するまでの事情はつぎのとおりである。すなわち執行委員小原の交替には助役または助役心得の資格ある者から選ぶ必要があつたところ、十九日当日の非番者でその資格のある者は金田俊夫および申請人の二人であつたので(両名とも従前交替回数は各一回)、指名に先立ち先ず金田に交替の都合を問合せたところ、同人は数日前実母が突然発病し行水のたらいの中に倒れて病臥しているので、当十九日は親族等が集つてその処置につき相談することになつているから交替勤務は困難であるという返事であつたので、やむなく申請人に交替を指名したものである。しかるに同人は交替よりも廃休を優先せよ、役員の交替には組合役員も交替せよ、と主張して交替の指名を拒否した。

(四)  ところで労働者の有する労働の権利を侵してはならないことは法律の保証するところであるが、労働者が労働権を主張する手段として組合を結成し、強力な団結と一糸乱れない統制の下に行動することは労働権の事実上の確保と労働者の経済的地位の向上、福利の増進のために必要なことであるから、各組合員は或る程度の恣意を捨て組合業務の遂行を円滑ならしめる責任と義務を負つているものである。しかるに本件の場合申請人は(イ)組合役員が組合業務遂行のため欠勤しなければならないのでその交替を指名されたのにかかわらず、その交替よりも廃休を優先すべきことを主張し、(ロ)一日の交替が申請人の生活に著しい脅威を与えるものではなく、また特に不公平な取扱いをしていないのに交替の指名を拒否し、(ハ)全然互譲的態度を示さず役員の交替には他の役員が交替せよと主張し、(ニ)組合員金田に対し嘲弄的言辞で批判したのは明かに組合の統制を乱したことに該当するので、委員会および組合大会において除名の決議をしたものであつて、これを不当とする理由は全く存しない。

二、会社の答弁

(一) 申請人の申請理由のうち一、二項の事実は認める。三項の事実のうち組合がなした除名が無効であるとの点についての会社の答弁は前記組合の答弁事実(第二、一の(二)ないし(四))と同一であるからこれを引用する。

(二) 会社が申請人を解雇したのは会社と組合との間に締結された労働協約第四条のユニオン・ショップ条項に基づいてなしたものであるから何ら不当の理由はない。

第三、疎明〈省略〉

理由

一、申請人が会社の従業員として、同会社の運輸部に所属し、会社日方駅助役として勤務し、同会社と高野登山自動車株式会社との従業員をもつて組織する組合の組合員であつたこと、右組合は昭和三十二年七月十九日開かれた組合委員会において申請人が組合の統制を乱したことを理由として組合規約四十九条により申請人を組合から除名することを決議したこと、右決議に対し申請人は異議を申立て組合大会に再審議を要求したが同月二十六日の組合大会の結果右異議がいれられなかつたこと、同年八月二日会社は申請人が右組合から除名された旨の通告により会社と組合との間に締結された労働協約第四条のユニオン・ショップ条項に基き、同年七月三十日付辞令をもつて申請人を解雇したことはいずれも当事者間に争がない。

二、そこで、右除名が有効であるかどうかについて判断する。

(一)  先ず申請人は本件除名は組合規約第四十九条に違反し、査問委員会の審議を経ることなくしてなされたものであるから無効であると主張するので按ずるに本件除名に際し査問委員会が開かれていないことは当事者間に争いがないところ、右規約第四十九条は「組合員が規約決議に違背し、組合員の統制を乱し若しくは組合員としての体面を汚したときは別に定める査問委員会の審議を経て委員会の決議によつて除名その他の処分をすることが出来る」と規定し、組合が組合員を除名その他の懲罰処分に付する場合には先ず査問委員会の審議を経べきことを明規している。なるほど組合の主張する如く、右査問委員会が組合の懲罰決議機関でないことは同条の文言に照し明かであるが、そのことから直ちに同手続を踏まないでも懲罰処分をすることができるという結論にはなるまい。却つて懲罰処分という事の性質上その手続には極めて慎重を要し、とくに懲罰のための手続規定が存在する場合には必ず所定の手続を履践してなさなければならないと解すべきことは当然のことであつて、右規約第四十九条の規定は懲罰問題は先ず査問委員に懲罰事由の存否を慎重に調査させ、その調査の結果に基く査問委員会の意見を徴して具体的に如何なる処分をなすかにつき、最終的に組合の委員会に決議させ、そうすることによつてその処分の適正を保持せんとしているものと解すべきであり、このことは証人正岡亮三の証言および申請人本人訊問の結果により真正な組合の規程と認められる疎甲第一証の選挙規程第二十二条の「査問委員の選挙は委員、執行委員を除き全部門を一選挙区として五名連記投票により大会で行う」旨の規定から窺いうる、査問委員と組合の委員、執行委員との兼任の禁止が(もつとも組合は査問委員と委員、執行委員との兼任の禁止は会計監査に関する事項に限るものであると主張しそれにそう証人の証言はあるが同規程第二十二条をそのように解することは不可能である。)懲罰問題については、被懲罰者と直接の対立関係に立つと認められる組合執行機関をしてその審議をさせる前に執行機関と関係のない査問委員会をして慎重に審議させようとする趣旨に出たものであることを認めうることからも首肯できるところである。したがつてかかる趣旨で設置された査問委員会の審議を経ずしてなした委員会の申請人に対する除名の決議は著しい手続のかしがあり無効というほかはない。

もつとも組合は、申請人が執行委員長就任中においても過去数回組合員を処罰しながら、かつて査問委員会を開いた事例がないから、これを開かなかつたとしても委員会の除名決議は敢て不当でないと主張し、証人新家好一郎の証言及び組合代表者本人訊問の結果によれば右主張事実を一応認めることが出来る。しかし、組合規約は組合が一つの社団として活動するためもうけられた組合内部の組織に関する自主的な根本法規範であると解するから、各個の組合員はもとより、最高機関たる組合大会といえどもこれにき束せられ、正当な手続によつて改正変更されない限りこれを無視することは許されず、組合における慣行といえども組合規約に明文のない事項についてはともかく、組合規約の明文に反するものは効力を有しないものというべきである。ことに組合員の処罰に関して厳としてその手続規定が存することは前示のとおりであるから、たとえ組合主張の如く過去に組合員の処罰に関し査問委員会の開かれた例がないとしても、これをもつて本件除名を有効とする理由にすることは出来ない。また組合は、委員会の除名決議に対し申請人が異議の申立をしたのに対し、その再審議のため組合大会が開かれた際、査問委員会の開かれてないことにつき質疑があつたがそれに対する組合理事者の答弁を大会が了承し、結局申請人の異議を認めなかつたものであるから手続のかしは治ゆされたと主張し、この事実は申請人において明かに争わないことであるが、組合大会といえども自己の法規範たる組合規約に拘束されることは前示のとおりであるから、たとえ組合大会において査問委員会を開かず委員会が申請人を除名したことにつき了承したとしてもそれによつて前示懲罰手続のかしが治ゆされたと解することは出来ない。

(二)  更に進んで除名理由の存否について考えてみる。

(1)  証人正岡亮三、同新家好一郎、同上西一夫、同小原健次、同金田俊夫の各証言および申請人、被申請人組合代表者各本人尋問の結果を綜合すると組合が申請人を除名するに至つた経緯として次の事実が認められる。

(イ) 従来から組合には組合専従者が居ないので、組合役員が組合業務のため会社を欠勤しなければならない場合、それを役員の犠牲にまつとするならばそれは余りにも役員に酷であり、といつてその交替者を任意に見付けることもまた困難な事情にあつたので組合員の申合せにより、組合役員が組合業務遂行のため会社を欠勤しなければならないような場合には、他の組合員のうち非番者が組合役員に代つて出勤することになつており、右交替者の指名は執行委員長が廃休および交替回数等の事情を公平に考慮して指名する。被指名者が若し私用等により差支のある場合にはその者の責任において代りの者を定めて交替させることとし、現にそのように実行されて来ていたこと、もつとも執行委員長において被交替者に交渉し、被交替者にやむを得ない事情のある時は例外として執行委員長において他の者を指名していたこと。

(ロ) 昭和三十二年七月十九日海南生活互助会においてクーポン理事会が開催されることになり、組合執行委員小原健次が組合厚生部長として組合の厚生活動の一つである右クーポン理事会に出席することになつたので、その交替者を指名する必要が生じたが、右小原は助役であるため交替者には助役又は助役心得の資格がある者を指名することが必要となり、そこで執行委員上西一夫は不在の執行委員長に代つて、同月十八日正午頃十九日当日の非番者中から右の資格を有する者として金田俊夫と申請人の二人(両名とも過去の交替回数は二回であつた)を交替者の候補に選び、先づ金田に交替すべく都合を聞いたところ同人は実母が二、三日前より突然病気で倒れて病床についているので、明十九日は親族一同が集り、母の病気の事後処置につき相談することになつているから明日の交替はできかねるので他に交替できる者があれば他の者を指名してほしいとのことであつた。そこで上西はそのような事情ならばやむを得ないとして申請人に交替を指名した。ところが申請人は(A)明日は廃休することになつているから組合の交替より廃休の方を優先してほしい、(B)前記申合せに従い金田が個人的に自分に交渉するのならば格別、組合が私用を認めて申請人に交替させるのは申合せに反する。金田の私用を認めて交替させないのならば自分も明日は廃休したいから交替を拒絶する。(C)組合の役員でも役員の交替が出来ない理由はないので明日の小原の交替には役員が交替してやつてほしい等いつて交替の指名を拒否する態度に出た。そこで上西は前記小原に対し交替が得られない旨伝えたところ同人はやむを得ず年次休暇を取つてクーポン理事会に出席することにしていたところ、右の事情を知つた前記金田が親族の集会を夕方まで無理にでも延してもらうから午後四時までは自分が交替しようと申出たので四時までは同人が交替し、四時以降は小原自身の年次休暇を当てることとした。ところが、翌十九日金田が小原の交替として出勤した事を知つた申請人は、他の組合員の前であれ程いやがつていた金田が交替したのは委員会の審議をおそれて交替したのかと同人を侮蔑するような言辞をろうしたこと。

(ハ) 同日夜組合事務所で委員会が開かれた際、執行委員上西一夫、同小原健次等の執行委員辞任の申出があつたので、その辞任の件が附議された。両名辞任の理由は、上西一夫においては前記小原の交替につき交替者が得られなかつたのは自己の不手際であり、又小原健次においては組合役員が組合業務のための会合に出席するのに年次休暇を取つてまで出席しなければならないようならば執行委員を辞任したいとのことであつたこと、そこで同委員会はこうした委員辞任の事態を惹起したのは申請人の前記の如き行為に起因するものであるから申請人の責任を問う必要があるとして、同夜申請人に委員会に出席を求めた上、前記交替拒絶の理由を問うたところ、申請人は前示交替拒絶の際に述べたような主張を繰返して譲らなかつたこと、そこで同委員会は申請人を懲罰に付すべきか否か、若し懲罰に付するとするならば除名、罰金、始末書、訓戒、組合員の資格剥奪のうち何れの処分に付するかにつき審議した結果、申請人の役員交替の指名を拒否した行為は組合規約第四十九条に照し組合の統制を乱したことに当り、除名を相当として除名の決議をしたことが認められる。

(2)  そこで申請人が前記役員のための交替の指名を拒否する態度に出たことが組合規約第四十九条にいう「組合員の統制を乱した」ことに該当するか否かについて考えるに、本件申請人組合にはとくに組合専従者なる者が存在しないことは前に認定したとおりであつて、組合役員が組合業務遂行のため会社を欠勤する場合他の組合員がこれに代つて出席することは、組合組織の上から必要不可欠のことでありまたそのことは組合員互助の精神からいつても首肯することができるし、又とくに前記認定の如く組合員の交替に関する申合せがある限り緊急やむを得ない理由がない以上それは組合員の義務の一つであるとも解することが出来る。しかしその交替者の指名に当つては、組合員平等の原則に従い能う限り公正になさるべきはもちろんであるが、前記上西が組合を代表して申請人を前記小原の交替者に指名するに至つた事情は前記のとおりであつて、とくに申請人に対して不公正であつたと認めることはできないし、且つ申請人が交替の指名を拒否したことについて、緊急やむを得ざる理由があつたことは認められないから、敢てこれを拒否する態度に出たことは組合の統制を乱したことに当ると一応認めざるを得ない。

(3)  そこで、組合が申請人を除名処分に付したことの当否につき考えてみる。

元来組合がその規約に従つて組合員を処分することは、組合の内部統制の問題であつて極力これを尊重すべきものであるが、さればといつてその処分の種類及び程度が全く組合の自由才量に委ねられているものとは解し難く、もし処分内容が社会通念に照し、不当に過酷である場合等は違法あるいは権利濫用としてその効力を否定せられることもないではない。とくに除名の如きは、その者を組合から追放する最も重大な処分であると共にいわゆるユニオン・ショップ協定のある場合には、直ちに被除名者の解雇を意味しその者の生活を根底から動揺させるものであるから、いやしくも除名をしようとするにはその者の行為が著しく反組合的で積極的に組合の秩序を攪乱し、組合の結束を破壊する等組合に対し著しい損害を与えたとか、組合の維持ないし発展に脅威を生ぜしめた事由に基くものでなければ有効な除名といいえないのは当然である。

これを本件についてみるに、申請人は昭和二十二年五月以来同三十一年五月までの間に書記長、執行委員、副執行委員、執行委員長等の組合の要職を務めたことのある者で(この点については組合の認めるところである。)過去永年にわたり相当組合のために尽力して来たことが推認されるし、また役員交替の指名拒否の態度に出た事情も、申請人本人訊問の結果によれば申請人は当時前記金田が交替出来なかつた事情を知らなかつたので従来からの前示申合せに固執したものと一応認められる等宥恕すべき点も認められるから、申請人に積極的な反組合的意思があつたものとは認め難く、更に従来より組合の懲罰には慣行として除名の他に罰金、始末書、訓戒、組合員資格の一時停止等の処分があることは組合において自認するところであるからこれらの点を綜合して判断するとき前示申請人の態度を理由に、組合が申請人を直ちに除名処分に付したことは、社会通念に照し、不当に過酷な処分であるといわなければならない。

以上の通りであるから組合が申請人に対してなした本件除名の決議は、手続上のみならず実体上の点からみても一応不当で無効のものといわなければならない。

三、右の如く組合のなした除名決議が無効なる以上、たとえ会社が組合との間に締結されたユニオン・ショップ協定に基づき、形式上適法に申請人を解雇したものであるとしても、今やその実質上の根拠を欠くに至つたものであるから会社のなした申請人に対する解雇もまた当然無効のものといわなければならない。

四、そこで保全の必要性につき判断する。申請人は組合からの除名およびこれにつぐ会社からの解雇により全く収入の道をたたれ他に特別の資力を有せず、妻および九才、六才、四才の幼児三人を抱えて扶養養育せねばならない事情にあることは成立に争のない疎甲第十五、十六号証により一応認めることができ、現在の経済事情のもとでは一時他に職を求めることも容易ではなく、申請人の生活が危機にさらされていることも亦推測されうるので、本案判決の確定を待つことによつて生ずる著しい損害を避けるためになされた申請人の本件各申請が保全の必要性を具備することは言うをまたない。

よつて申請人の各申請を相当と認め、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 龜井左取 下出義明 原政俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例